Wilbert "Big Chief" Ellis

サニー・テリーは２コーラス歌い終えると，"Hey, take it now, Chief!"と気合い声を掛ける．"Chief"と呼ばれたピアノ奏者は，その声に促され良く転がるピアノを繰り出し，音楽にはたちまちピンと張りつめた空気が漂う．これはサニー・テリーがCaptolレーベルに録音したTelephone Bluesだが，Chiefとはアラバマ州バーミンガム出身のピアノ奏者，ウィルバート・エリスのことであった．

ウィルバート・"ビッグ・チーフ"・エリスは戦後，1940年代から1950年代にブラウニー・マギー，スティックス・マギー，アレン・バン，リロイ・ダラス等，ニューヨークで録音されたブルースで何度も伴奏者として起用されている．1940年代には，数は少ないが自己名義の録音もしていて，味のある歌を聞かせている．1945年に録音したDices Dicesは小ヒットしたようだ．この時代のニューヨークのピアノ・ブルースマンとしては重要人物である．

ビッグ・チーフ・エリスに関する資料としては，Living Blues誌63号に掲載された長いインタヴューがある．それによればピアノを弾き始めたのは11か12のとき，バーミンガムにわんさといたピアニストを見て演奏を覚えたが，特に影響を受けたのがPrice Lanierという人物だったそうだ．Price Lanierなんて，名前しか分からない，多分録音も無いローカルなミュージシャンであるが，ジャズ・ピアニストでブルースを弾かせれば誰よりも上手い，という人物であったそうだ．エリスは上達するとアラバマ州内でしばらく稼いでいたようだが，やがて放浪を始め，結局ニューヨークでバーのマネージャに落ち着く．そのバーにブラウニー・マギーがお客で来ており，これがきっかけでレコーディングのチャンスを掴むことになる．ブラウニー・マギーは，その頃の自分のピアニストは特定のキーでしか弾けず（これはバレルハウス・ピアニストとしては珍しくないはずだ），Bフラットのキーで演奏できるピアノ奏者を探していた．エリスはどんなキーでも演奏できたので自分が演奏出来ると名乗りを挙げ，スタジオで本当に出来ることを証明し，伴奏者として起用されたのだそうだ．

エリスは1950年代前半以降は再びレコーディングから遠ざかってしまい，バーの仕事とギャンブルで生計を立てていて，20年近くピアノに触れていなかったらしい．1970年代になって録音とライヴ活動を再開するが，この活動再開もレコーディング・キャリアを始めたときと同じくブラウニー・マギーが絡んでいる．1972年にマギーが，「エリスはニューヨークで元気にしていて，ワシントンD.C.に移住しようとしている」と言ったのが始まりである．これがリサーチャーのネットワークを通じてDick Spottswoodに伝わり，SpottswoodはワシントンD.C.で酒屋を始めたエリスを執拗に口説き，再起させたのである．再起後はRounderレーベルにシングル盤，TrixレーベルにLPを残した他，フェスティバル出演等も多かったようだ．

エリスのピアノ演奏だが，アラバマ出身という先入観があるせいか，同じアラバマ州出身のウォルター・ローランドとか，ロバート・マッコイとかとの共通性を期待したくなる．実際そう思って聞けば確かに彼らと線で結べそうな気もするのである．最初に挙げたサニー・テリーの伴奏を付けたものなどエリスの緊迫感のあるピアノは非常に光っているように思う．またTrixのアルバムにも素晴らしい瞬間がある．

戦後のニューヨークのブルース・シーンを支えた大物ピアニストとして，また，アラバマのバレルハウス・ブルース・ピアノの伝統を伝えた一人として忘れられない人である．1970年台前半に活動再開した後，1977年12月には63歳で亡くなってしまったのはやや早死で，惜しいことだった．

CD

Big Chief Ellis, Big Chief Ellis Featuring Tarheel Slim & Brownie McGhee, Trix 3316.

ビッグ・チーフ・エリスの単独アルバム．ターヒール・スリム，ブラウニー・マギー，ジョン・シーファスが交替で伴奏する．全体にラフ過ぎ，というのかドサクサ気味の部分がある一方，凄い盛り上がりをする部分もある．1970年代にバレルハウス・ピアノ・ブルースの伝統と魅力を記録したという点で有意義だろう．エリスはウォルター・デイヴィスの曲を得意としていたそうだが，ここでもLet's Talk It Overをやっている他，Sweet Home ChicagoもデイヴィスのDon't You Want to Go?と題されたバージョンに倣っているようだ．

V.A., Play My Juke Box - East Coast Blues 1943-1954, Flyright FLY CD45.

戦後のイースト・コースト・ブルース集で，エリスの代表作Dices Dicesが収録されている．味がある曲だ．この1曲の他，ターヒール・スリム（アレン・バン）の1曲でも登場する．

V.A., New York City Blues 1940-1950, Fremeaux & Associes FA 5008.

タイトルが示す通り戦中から戦後に掛けてニューヨークで録音されたブルースのコンピレーション．エリスは自己名義のBig Chief's Bluesが収められている他，ブラウニー・マギーの1曲，リロイ・ダラスの1曲，サニー・テリーの2曲で伴奏を勤めている．

Wilbert "Big Chief" Ellis

CD

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