"Red-Eyed" Jesse Bell

1979年12月，場所は東京教育会館ホールだったか．来日して公演中の歌手でハーモニカ奏者，ジョージ・スミスは重厚なスロー・ブルースに突入していった．

I got a woman, in West Helena, Arkansas.

「ああ，West Helena Bluesだ．」とすぐに分かったのは，その頃ジェイムズ・コットンの録音でこの歌をよく聴いていたからだと思う．深い声で歌を進めて行くジョージ・スミス．懸命に伴奏を務める吾妻光良とそれを嬉しそうに見やるスミス．今まで見たブルースのライヴでも特に記憶に残る瞬間であった．

いきなりピアノ・ブルースとは無関係な話で始めたが，ジョージ・スミスが歌った名曲West Helena Bluesを最初にレコードにしたのはピアノ奏者のルーズベルト・サイクスだった．サイクスのオリジナル盤は1950年にRegalレーベルに録音したもので，上に挙げたコットンやスミス以外にもこの歌をカバーしているブルース歌手が何人かいると思う．サイクス自身その後題名を変えたりして何度も録音をしていて，十八番モノとしていたようだ．

しかし，West Helena Bluesはルーズベルト・サイクスの作った曲ではない．サイクスは，若い頃にアーカンソー州ヘレナでジェシー・ベルというピアニストに感化されているが，West Helena Bluesはこのジェシー・ベルが歌っていた曲だというのだ（Paul Oliver, Conversation with the Blues, Cambridge University Press.）．

サイクスによれば，ジェシー・ベルは売り物のレコードは作らなかったが，ずば抜けたブルース演奏者であったという．1960年代になってサイクスはジェシー・ベルのことを歌ったRed-Eye Jesse Bellという歌を作り，アルバムに入れたりしている．ベルが演奏する小さな町に遠くから人が集まってくる様子がこの曲には歌われている．セントルイスの歌手・ギタリスト・ピアニストのヘンリー・タウンゼンドもヘレナでジェシー・ベルと会っているという（Henry Townsend, Bill Greensmith, A Blues Life, University of Illinoi Press.）．タウンゼンドによるとサイクスには「これはジェシー・ベルがやっていた」と言って演奏する曲があったが，妙な曲でタウンゼンドは覚えられなかったそうだ．

名ピアニストのサイクスが尊敬していたジェシー・ベルの音楽がどのようなものだったか，興味のあるところだ．実は戦前ブルースのディスコグラフィーにはジェシー・ベルが伴奏者として記載されている曲が1つだけある．Elizabeth Washingtonという人が1934年に録音したYou Put That Thing On Meというのがそれだ．ワシントンはセントルイスで活動していた女性歌手らしく，このとき4曲を録音している．同じセッションで録音された他の3曲はセントルイスのピアノ奏者，アーロン・スパークスが伴奏している．ディスコグラファーがYou Put That Thing On Meのピアノをジェシー・ベルだと断定する根拠は良く分からないが，他の3曲がストレート・ブルースなのに対し，You Put That Thing On Meという曲はホーカム調というのか，私の知っている曲ならThe Duck-Yas-Yas-Yasみたいな形式なので，他の曲とは違うピアノ奏者が起用されたということは有り得る．この曲はDocumentレーベルのCD，St. Louis Girlsでリイシューされていて，これが本当にサイクスが言うジェシー・ベルだとしたらベルは相当の実力者だった，ということになる．間奏もなく，ピアノ奏者としてさほど見せ場のある曲でもないのだが，イントロのリズムの弾み方からして只者ではないことを思わせる．歌の間，歌を邪魔すること無く右手で鮮やかなフレーズを弾いてみせたりもする．誰かに似ているとしたら，やはりサイクスだろうか．伴奏が1曲だけで自己名義録音は無しというのはこの名人としては淋しいことではある．それでも古いブルースマンのインタヴューには名前しか分からない名手が出て来ることが良くあることを思うと，ジェシー・ベルの場合この1曲だけでも音の記録が残っていたことを喜びたい．

CD

Document DOCD-5182, V.A., St. Louis Girls 1927-1934.

タイトルの通り，戦前にセントルイスで活動していたと見られる女性歌手を集めたCD．Elizabeth Washingtonの2曲のうち1曲の伴奏者がジェシー・ベルらしい．もう1曲はアーロン・スパークスがピアノを弾いていて，こちらはスパークスならではの演奏が聞ける．一番曲数の多いのはLizzie Washingtonという人で，13曲収められている．そのうち2曲でエディー・ミラーが伴奏していて，ミラーらしい美しい演奏を聞ける．他にヘンリー・ブラウンの付くJohnnie Straussなど．

"Red-Eyed" Jesse Bell

CD

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