Kansas City Kitty (Mozelle Alderson)

カンサス・シティ・キティが自分でピアノを弾いたかどうかは疑わしい．ほとんどの録音で他のピアニストの伴奏がついている．であるからここで取り上げるのは筋が通らないのだが，どうも正体が良く分からなくて面白い，という理由で紹介したい．ピアニストが他人であるとしても，この人の録音には良いピアノ・ブルースもあるので，まんざら見当はずれな人選でもないだろう．

RCAから出ているFour Woman BluesというCDを買ったら，カンサス・シティ・キティという人物のブルーバード録音が4曲入っていた．その中で特にChristmas Morning Blues, Double Trouble Bluesはオツな味のピアノ・ブルースだと思った．技術的に特に上手くはないが，素朴なところが良い．解説を見るとピアノは自分で弾いていて，カンサス・シティ・キティの本名はThelma Holmesだという．これで気に入って次にKansas City Kitty & Georgia Tom (Document BDCD-6023) というCDを買った．すると，その解説書の冒頭には「カンサス・シティ・キティについて，唯一確かなことは，そんな人はいなかったということだ．」，なんて書いてある．一体どういうことだろう．同解説書によればカンサス・シティ・キティと一緒にヴォカリオンに録音を残したジョージア・トムは，彼女はMorzell Aldersonと同一人物だと言っていたそうだ．このアルダーソンなら知っている．Judson Brownの華やかなピアノをバックに騒いでいた（?）女性歌手だ．さらに，Jane LucasとかHannah Mayとかの名前で録音したのもアルダーソンだと言う．同解説書はブルーバードに録音した女性歌手はヴォカリオンで使われた「カンサス・シティ・キティ」の名前を再利用した，と言っている．つまりジョージア・トムと一緒に録音した人とブルーバードにソロ録音した人は同じ芸名を名乗った別人ではないか，というのだ．

一方，Little Brother Montgomeryは，カンサス・シティ・キティの本名はSkippy Brownだと証言しているという．さらに複雑なことに，Jane Lucasの名前はVictoria Spiveyが，Hannah Mayの名前はSweet Pease Spiveyがそれぞれ再利用している．戦前ブルースのディスコグラフィーは結局Kansas City Kitty, Jane Lucas, Hannah Mayの録音を，スピヴィー姉妹によるものを除き，すべてMorzell Aldersonの項に整理している．ところが，同書にはMae Belle LeeとかBertha Rossとかいうのも同じ歌手かもしれない，なんて書いてある．ヴォカリオンのカンサス・シティ・キティがモーツェル・アルダーソンであることはヴォカリオンのファイルから，ARCのジェイン・ルーカスもアルダーソンであることもビッグ・ビル・ブルーンジーの証言からそれぞれ確からしい．それにしても，カンサス・シティ・キティ，モーツェル・アルダーソン，ジェイン・ルーカス，ハンナ・メイ，セルマ・ホームズ，スキッピー・ブラウン，メイ・ベル・リー，バーサ・ロス，．．．一体いくつ名前があるんだ，この女！（バーサ・ロスってのは違うと思うのだけど．．．）

カンサス・シティ・キティ，モーツェル・アルダーソン，ジェイン・ルーカス，ハンナ・メイの録音を聞き比べると何が分かるだろうか? この4つの固有名詞の中でジェイン・ルーカスとハンナ・メイについては大体間違い無く同一人物であろう．どちらもジョージア・トム，ビッグ・ビルと録音をしていて，これらはWolfレーベルのCDで復刻されているのだが，続けて聞いているとどこでハンナ・メイがジェイン・ルーカスに代ったのか判別できないほど似ている．曲目の点でもCome on in, Ain't Going There No More, What's That Smellをハンナ・メイとジェイン・ルーカスの両方が録音していて，メイとルーカスの録音は同一人物の再録音のように聞こえる．また，ジェイン・ルーカスがチャンピオン・レーベルに録音したDouble Trouble Blues, Leave My Man Aloneの2曲はブルーバード・レーベルのカンサス・シティ・キティも録音している曲だ．この2曲をジェイン・ルーカスとカンサス・シティ・キティで聞き比べると，伴奏は違うが歌は非常に似ている．このことから，ブルーバードのカンサス・シティ・キティとジェイン・ルーカス，ハンナ・メイは大体同じ人だと思って良さそうだ．

一方，ヴォカリオンのカンサス・シティ・キティとジェイン・ルーカス，ハンナ・メイの関係はどうなのか? こちらは共通の曲目は無いのでやや比較しづらい．それでもジョージア・トムと掛け合いでホーカム物を歌っているという点ではブルーバードのカンサス・シティ・キティ以上にルーカス／メイと似ている．多分，ヴォカリオンのカンサス・シティ・キティ，ジェイン・ルーカス，ハンナ・メイ，ブルーバードのカンサス・シティ・キティは同一人物なのだろう．

困ったことに，カンサス・シティ・キティ／ジェイン・ルーカスとモーツェル・アルダーソンが1927年にブラック・パティ・レーベルに行った録音は似ていない．アルダーソンの1927年の録音は，かなり野太い声で陰欝なスロー・ブルースを歌っていて，カンサス・シティ・キティの軽快なホーカム調とはかなり違う．アルダーソンのRoom Rent Bluesをカンサス・シティ・キティも歌っている．これは，この2人が同一人物で得意の持ち歌としていたせいかもしれないが，無関係だけどレコードで聞き覚えた，ということかもしれないし，このことから同一人物とは結論できない．証言や記録からアルダーソンはカンサス・シティ・キティである，ということを受け入れるなら，アルダーソンはスタイルを何年かの間に野太い声で歌うダウンホームな歌手から洗練されたホーカム歌手に変えて行った，ということになる．

DocumentのCDではブルーバード録音のピアニストをもしかしたら（possiblly）Eddie Morgan，としている．モーガンの自己名義録音とマトリクス番号が続いているのでそう考えたくなるのも分かる．モーガンはEddie Millerと同一人物ではないかとも言われている．しかし，Christmas Morning BluesやDouble Trouble Bluesのピアノはミラーとは思えない．これは，ミラーとモーガンが別人であるせいかもしれないし，全然別のピアニストが弾いているせいかもしれない．個人的にはこの2曲ではカンサス・シティ・キティが自分で弾いていると思う．ジョージア・トムと組んだヴォカリオン録音はどうもお色気優先でさ程良いとは思えないが，ジャドソン・ブラウンを伴奏につけたモーツェル・アルダーソン名義のものなどもピアノ・ブルースとして好演だ．

CD

Document DOCD-5504, Blue Girls, Volume 2 1928-1930 Complete recorded works in chronological order.

モーツェル・アルダーソン名義の8曲が集められている．6曲でBlind James Beck，2曲でジャドソン・ブラウンが伴奏を付けている．ベックというのも個性的なブギウギ・ピアニストであるのだが，ブラウンが伴奏した曲が出て来るとその上手さが目立つ．

Document BDCD-6023, Kansas City Kitty & Georgia Tom, Comlete recorded works in chronological order.

カンサス・シティ・キティ名義の録音が集められている．

Wolf WBCD-011, Famous Hokum Boys, Volume 1 1930 Complete recorded works in chronological order.

ピアノ・ブルースとの縁は薄いが，ハンナ・メイ名義の歌／声が10曲で聞ける．ビッグ・ビルの参加したホーカム物に焦点は当てたCDのようだが，メイの歌が入るとぐっと雰囲気が華やかになる．

Wolf WBCD-012, Famous Hokum Boys, Volume 2 1930-1931 Complete recorded works in chronological order.

ハンナ・メイが4曲，ジェイン・ルーカスが16曲聞ける．Hip Shakin' StrutやAlabama Scratch - Part Iの楽しさは格別だ．後者は音は悪いが，何が面白かったのかジェイン・ルーカスが本当に吹き出すのが聞き物（?）．ビッグ・ビルのギターの影に隠れがちだが，これらの曲でのジョージア・トムのバレルハウス・ピアノも良い．

Kansas City Kitty (Mozelle Alderson)

CD

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