Miles Davis

同姓同名の，高名なジャズのトランペット吹きとは縁もゆかりもないブルース・ピアニスト．そのトランペット吹きとは正反対にまったく無名．多分，自己名義の録音というのは無い．伴奏者としても録音は非常に少ない．優れたプレイヤーだったのかというと，うーん，もう一つ良く分からない．無名で録音が少なくて特に優秀でもなかったら，何もこんな人のことを書く必要は無い，という結論になりそうだが，ちょっとだけ気になる人でもある．重箱の隅をつつくのを承知の上で追いかけてみよう．

1972年録音のリトル・ブラザー・モンゴメリーのCD，Blues Masters Vol.7, (Storyville STCD 8007)というのを買ったら，Miles Davis' Bluesという曲が入っていた．モンゴメリーは，マイルス・デイヴィスというのは「賭博師でピアノ奏者．まだシカゴで存命だろう．だけど奴はもともとミシシッピ・デルタの出なんだ」と語っていたそうだ．曲の方はいかにもモンゴメリーらしいメランコリックなスローのインストルメンタル曲で，どれだけデイヴィスの音楽的な特徴を伝えているのか判然としない．モンゴメリーの昔噺にいろいろ古いピアノ弾きが出て来るが，その中には「名前しか分からない」ような人も多い．しかし，このマイルス・デイヴィスのことを知るための手掛かりはいくらかある．

ミシシッピ・デルタのピアノ・ブルース，とはどのようなものか？ルイーズ・ジョンソン以外にあまり思い浮かばない．いや，デルタ以外のミシシッピ州内なら，クーニー・ヴォーンとか，チャーリー・テイラーとかスキップ・ジェイムズとかそれなりにいるのだが．ミシシッピ・デルタ・ブルースといえばどうしてもシンガー・ギタリストのツワモノを輩出した地域の印象が強い．それでも，ミシシッピ・デルタにも一頃はかなりのブルース・ピアニストがいたらしいのだ．

国立国会図書館のために多くのフィールド録音をして有名なアラン・ロマックスの成果の中で，1941年と1942年にミシシッピ州内で行われた録音旅行はブルース・ファンにとって忘れられないものだ．マディ・ウォーターズ，サン・ハウス，ハニーボーイ・エドワーズといった連中が録音されたからだ．1942年のミシシッピ録音でロマックスはトーマス・ジェイバード・ジョーンズ(Thomas "Jaybird" Jones)というピアニストを録音した．その録音をリイシューしたRounderのCD，Mississippi: Saints & Sinners (Rounder 11661-1824-2)には彼の興味深い経歴が書かれている．それによれば彼はミシシッピ・デルタの町クラークスデイルの紅灯街で腕を磨いたのだが，そこには13人のピアニストがいた，というのだ．その地域のお客は大体男で（これは当然）白人で（これは意外），ラグタイムとブルースとジャズを混ぜると受けが良かったそうだ．ジョーンズの録音も仲々良い感じだが，彼は13人のピアニストの中で一番下手だったそうだ．してみると，残り12人の実力は相当なものだということになる．そしてその12人の中の1人にマイルス・デイヴィスという人物がいるのだ．クラークスデイルの紅灯街は1921年に廃止されてしまい，デイヴィスはその後北へ向かったという．「北へ向かった」という話と「ミシシッピ・デルタの出」という話を考え合わせば，このマイルス・デイヴィスが恐らくモンゴメリーが記憶しているデイヴィスなのだろう．

1925年，セントルイスでキャサリン・C・マクデイヴィッド(Katherine C. McDavid)という女性歌手がレコードを1枚だけ作った．伴奏はピアノだけで，その奏者がマイルス・デイヴィスという名前だった．これがジェイバード・ジョーンズの語るクラークスデイル紅灯街のピアニストが残した数少ない録音の一つである．デイヴィスはこの録音の後でシカゴへ移ったのではないか．キャサリン・C・マクデイヴィッドのレコード裏表2曲はBlue Girls - Vol. 2(Document DOCD-5504)というCDでモーツェル・アルダーソンらと共にリイシューされている．

そのマイルス・デイヴィスが伴奏したマクデイヴィッドの曲なのだが．．．「ミシシッピ・デルタ」といえば，どうしたって何か，こう，強烈なモノを期待してしまうのだが，そーゆー感じでもない．この当時の女性歌手の伴奏者としては中の上，くらいだろうか．果たしてこれがミシシッピ・デルタ赤線地帯の知られざるピアノ・スタイルなんだろうか？ソツなく弾いていて，上手いと言えば上手いがいまひとつ深いフィーリングというのか，迫ってくるものがないのだ．もっとも，これは歌手の責任というか，歌手との相性のせいもあるかもしれない．自己名義の録音でもあればまた印象が違うのだろう．デイヴィス自身の弾くMiles Davis' Bluesを聞けたとしたら，どんな演奏なのだろう？

CD

Document DOCD-5504, V.A., Blue Girls Volume 2, Complete Recorded Works In Chronological Order 1928-1930.

1920年代終わりに録音した比較的無名の女性シンガーを集めたCD．マイルス・デイヴィスが伴奏したキャサリン・C・マクデイヴィッドの2曲が入っている．ピアノ・ブルースという観点で言えばジェイムズ・ベックが伴奏したマーガレット・ソーントン，ジェイムズ・ベックとジャドソン・ブラウンが伴奏したモーツェル・アルダーソンは価値が高い．

Miles Davis

CD

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